杉林先輩のこと

杉林恭雄という人のことをぼくは「杉林くん。杉林くん」と呼ぶのだけれど、実際は同じ高校の一年先輩。彼の次の生徒会議長がぼく、という関係である
(二学年下の辻元清美という可愛い娘とぼくは話したが杉林くんとは入れ違いだったのだな)
先輩なのに、くん付けですか?と問われることがあるが、必ず呼び捨てにされる(例えば)シンガーソングライター森香(男性:抜群の行動力でほぼ毎日歌い続けている)のような先輩もいるので、許してほしい

杉林くんは文化祭では体育館で、自分の卒業式では豊田講堂でエレキギターを弾き、その後地元名古屋で「ウエイト」というバンドで活動をしていた。サザンロック風の演奏をしていたのを一度、帰省して見聴きしたことがある。「サタデーナイトスペシャル」、「デビットボウイズ」と合わせて3バンドでの共同自主企画「本山ウエスト」の時だったから1978年のはず
流暢に文化祭ロックバンドの定番曲を弾きこなし、体育館を満員にする先輩と違い、ぼくはその頃自分で曲を作ることしかできず(コピーをする力量がなく)ほぼ接点はなかったように覚えている
翌年、ぼくが名古屋市中区役所ホールですきすきスウィッチの前身になる「生産体操」を率い「ピヴィレヌ」の前座で初めての人前でのバンド活動(除く:高校文化祭教室→この時もオリジナル曲だけ)ができた時、杉林くんが会場に居て聴いて、どうやら衝撃を受けたということをぼくは最近まで知らずにいた
その後、ミミックレコードというレーベル名で、彼が電子音でレコードを作ったのも聴いたし、バナナリアンズの参助くんと二人「ポマード」という名前で演ったのも観ているから、上京して動き始めたのに気づいてはいたはずだ

ピヴィレヌのメンバーだったキオトくんが杉林くんを連れてぼくの家にやってきたのが「くじら」が始まった最初だったということはどこかに書いた。そこからぼくと杉林くんは不思議な距離感と共振関係で今日まで来ている(と、ぼくが思っているだけかな?)
バンドの名前が「ホリデーパスカル」になりそうだったのを止めたのは良いことだったと今も思う。そうそう「耳鼻咽喉科」というバンドを始めていた直枝政広くんから電話をもらい、すきすきで競演誘われて、くじらで応えたことがあったのも思い出した
自分が舞塾での活動が忙しくなり「くじら」を離れた後も、PAの無いplanBでの演奏を企画して依頼して結果、生声生音でのアンサンブル、という最初に彼らが注目を浴びるきっかけを提供できたと思っている
すきすきスウィッチのソノシート「忘れてもいいよ」は杉林くんのオープンリールのデッキを借りて自室で編集作業をした。だから、LP「ザ・マスク・オブ・ジ・インペリアルファミリー」とは兄弟なのだ。(今さっき気づいた)
数年後、生業でレコーディングスタジオの弱電工事に就き、初現場完成間近の頃、そこでの最初の録音がエピックからデビューする「くじら」という新人バンドだと知った時は、なんという因縁かな、と感じたものだ。くじらの前座で佐藤幸雄バンドで新宿ロフトに呼んでもらい、メンバーだった篠田昌已が初めてくじらを聴いて,それがその後のくじらドラゴンオーケストラに繋がったのもそうかもしれない。あの時篠田くんはとても感心していたもの

2013年秋に杉林くんからマンダラ2で空いてる日をもらったから何か一緒に演ろう、と珍しく先輩風に連絡をもらった。もらったものの、自分が再始動させたすきすきスウィッチで忙しい上に、まだ静岡市で暮らしていて、その「準備」の時間が取れない理由で断った
それをなんだか残念に思ううち、ある時閃き考え付いたのが「二人会」という歌い手が同時にステージに居て、一曲づつお互いの歌を聴き、次の歌を決め、交互に歌うということだけを唯一の約束にする歌と演奏の会だった
もちろん最初に杉林くんを誘った。彼とでなければ、こんなことはできない。そして彼は見事に応えてくれた。その後その「二人会」は約10回演ったのだか、杉林くんのように
歌詞の内容を聞き次の歌を選ぶ、あるいは即興で応える
相手の和音進行を受けて曲を選ぶ、あるいはリフを膨らませ曲にする
ポピュラーソングを自分のものにしてその場に展開する
短波ラジオのノイズとボーカリゼーション
自分の持ち歌を歌うだけでなく、様々な層での受け応えがそれぞれにきちんとできる人はなかなかいなかった
そんな彼と最初に演れたことで「二人会」が特別なものになり得たと、今もとても感謝している

くじらのことは今更ぼくが何か書くまでも無いだろう

COMEDYとは咋春、初めて競演になり聴かせてもらった。初々しく愛らしい二人組だった。相方のSHIGEさんはバナナリアンズの初代ベーシト、杉林くんがバナナリアンズに加入していた時には彼女はもう退いているので、初共演になるのだそうだ
一方で杉林先輩がこれを「くじら」でなく別の名前の別ユニットで形にしている訳はなぜだろう
なんでこれを、今、くじらと並行してやるのだろう。と、興味をとても持った
ひとりくじら、ふたりくじら、というのがあるなら、べつのくじら とかでも良いじゃ無いか、とか
その答えはまだよくわからないままだが
それが「必要だから」だ、ということはとてもわかる
是非確認に来ていただければと願います

当日はわたしたち三人と一緒にも演奏いたします。きっと

http://www.mandala.gr.jp/mandala2/Schedule.html

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