カエターノとジルベルト

リオ・オリンピック開会式の二人。1993年の共作
ぼくたちはこういう歌を聴けているだろうか
音楽がこういうことができると知っているだろうか
(NHKの放送、演奏を アナウンサーと解説者が遮り続けていたが…)
そして4年後の音楽はもはやすでに発注されているはず

以下、対訳
〜〜〜
もし君が「ジョルジ・アマードの家」記念館のパティオに招かれたなら
上から兵士の列を見てごらん。ほぼ全員が黒人だ
悪い悪党やムラートの泥棒たちの首をぶん殴ってやる
黒人のように扱われている、ほぼ白人もいる
ほぼ黒人への見せしめのためさ
彼らのほぼ全員が黒人だ
貧乏人や黒人やムラート
貧乏ゆえにほとんど黒いほぼ白人たちが受ける扱い
世界中の人々の目がこの場所に向けられていても少しも構わずに
奴隷が痛めつけられていたあの場所
現在はドラムが鳴り響く
制服に身を包む中学校の生徒たちが
晴れのパレードの日を迎えた少年のような純真さで
国を構成する人々の壮大なまでの偉大さが
僕らを魅了し圧倒し刺激するんだ
何も関係ないさ
家の見取り図も、週刊誌のグラビアも、ポールサイモンのアルバムも
誰も
誰も国民なんかじゃない
昔の奴隷市場での祭りに君が行くならば
あるいは行かないならば
ハイチを思い浮かべてくれ
ハイチのために祈ってくれ
ハイチ
それはここだ
ハイチ
それはここじゃない
混乱を隠しきれない議員の姿をテレビで見たならば
今まで本当にどんなものでも簡単に見える教育計画
それは簡単で迅速そうに見える
だがそれは脅威かもしれない
小学校をより民主的にするための
同じ議員が死刑の選択を擁護している
すると敬うべき枢機卿が言う
胎児には魂が宿っており、マージナルマンにはない、と
そしてもし赤信号を 赤信号を無視したなら
レブロンの街角で男が立ち小便している
ピカピカに輝くゴミ袋に向かって
虐殺が起こる前のサンパウロの
微笑みの沈黙に耳を傾ければ
111人の絶望的な囚人たち
囚人たちは、ほぼ全員が黒人かほぼ黒人だ
貧乏なゆえにほとんど黒いほぼ白人たち
貧乏人は腐った人間
誰もが黒人の扱われ方を知っている
カリブ諸国にドライブに行って、コンドームなしでファックすれば
キューバ封鎖へ、聡明な参加をする事になる
ハイチを思い浮かべてくれ
ハイチのために祈ってくれ
ハイチ
それはここだ
ハイチ
それはここじゃない
(ノイチス・ド・ノルチ:ライブのテロップを書き写し)
〜〜〜
1993年作トロピカリア2」より。カエターノは当時51歳

こちらは2001年のライブ

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